大判例

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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9132号 判決

原告

岡山県貨物運送株式会社

被告

興亜火災海上保険株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一一八九万一六〇三円及びこれに対する昭和六一年八月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五七年一一月一三日午後一〇時二〇分ころ

(二) 場所 姫路市別所町佐土一の二先国道二号線西行車線の横田石油御着給油所前の路側帯上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 大型貨物自動車(福山一一く三五五七)

右運転者 訴外唐下功(以下「唐下」という。)

(四) 被害車両 原動機付自転車(姫路市い二〇二四)

右運転者 訴外本多照直(以下「本多」という。)

(五) 事故態様 唐下は、加害車両の右前輪のタイヤがパンクしたため、同車を本件事故現場の路側帯(幅員約三・一メートル)に駐車させて、タイヤ交換をしていた際、他車に接触されることを防ぐため、タイヤを加害車両の後方約一メートルの位置にタイヤの約半分が路側帯からはみ出した状態で置いていたところ、後方から進行してきた本多運転の被害車両がこれに気付かず、タイヤに衝突転倒して本多が傷害を負つた。

(右事故を、以下「本件事故」という。)

2  保険契約の締結

原告は、昭和五七年七月二二日、被告との間で、加害車両につき、保険期間を昭和五七年七月二二日から昭和五八年七月二二日までとする自動車損害賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

3  原告の損害賠償金の支払

本多は、原告及び唐下に対し、神戸地方裁判所姫路支部に本件事故による損害賠償請求の訴(昭和五九年(ワ)第四三二号事件)を提起したところ、同支部は、昭和六一年一月一〇日、本多の被つた後遺障害について、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第二級に該当するものと認定したうえ、原告及び唐下に対し、各自、既払金のほか、一〇六七万八三〇二円及びこれに対する昭和五七年一一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払えとの旨の判決を言い渡した。同判決が認定し、原告が本多に支払つた損害賠償金は、次のとおりである。

治療費 一九四万五四一〇円

看護料 一五三万三〇〇〇円

入院雑費 二万七〇〇〇円

休業損害 七八万〇九五四円

入通院慰藉料 二二〇万円

逸失利益 三三四万一一八二円

後遺障害慰藉料 一六〇〇万円

将来の看護料 一三二九万七四九七円

以上合計 三九三二万五〇四三円

過失相殺(七割)後の損害 一一七九万七五一二円

弁護士費用 九〇万円

遅延損害金 一七一万七三〇四円

賠償金総額 一四四一万四八一六円

4  被告の保険金支払義務

(一) 本件事故は、加害車両が走行中、右前輪のタイヤがパンクしたため、本件事故現場の路側帯に駐車させて、タイヤ交換をしていた際に発生したものであるが、加害車両は、パンク修理が終われば、再び走行されるものであり、加害車両の駐車場所は、一般車両が通行する国道二号線上であり、また、本件における修理作業は、走行装置であるタイヤの交換であつて、加害車両を走行状態に置くためのものであり、「操作」の概念に含めて考えることができるものであるから、「加害車両の駐車」及び「運行中にパンクしたタイヤを路上で修理する作業」は、加害車両の走行と時間的・場所的に密接に関連しているもので、「運行」に当たるものである。

(二) そして、本件事故は、唐下が、加害車両から取り外したタイヤを路面に置き、これに被害車両が衝突したものであるが、本件事故現場である国道二号線のように、他の車両が多数走行する幹線道路で、空地等の安全な場所に駐車させることができず、路側帯に車両を寄せただけで車両の右側のタイヤのパンク修理をする場合には、危険防止のため車両の後部にやや道路側にはみ出してタイヤを置く必要があり、その手順としては、まず、スペアタイヤを路上に置いてパンクしたタイヤを取り外す作業をし、次いで、取り外したタイヤを路上に置いてスペアタイヤを車両に取りつける作業をするものである。

このように、路上でパンク修理をする場合には、タイヤを車両の後方に置いて身の安全を図ることが、自動車教習所の指導するところであり、また、自動車運転者の一般的知識である。

したがつて、タイヤを路上に置くことは、パンク修理の一環として「運行」の範囲に含まれるものである。

さらには、右のタイヤの路上設置は広い意味でのタイヤの操作に含めることも可能であると考えられる。

(三) 以上のように考えると、本件事故は、加害車両の「運行によつて」発生したものということができるのである。

(四) なお、前記の姫路支部の判決は、唐下がタイヤを路上に設置した行為は当然の行為とみており、ただ、タイヤの後部に停止表示器材を置かなかつた点に過失を認めているのであるが、本件事故現場がやや明るい状況であつたことを考えると、停止表示器材の不設置は左程大きな過失とはいえないから、右程度の過失によつて、加害車両の運行と本件事故との因果関係は中断されないものである。

(五) したがつて、原告は、本件事故について、自賠法第三条の規定に基づく責任を負担し、これに基づいて前記損害賠償金を支払つたものであるから、被告には、原告が支払つた損害賠償金につき、傷害保険金額一二〇万円、後遺障害第二級保険金額一七七六万円の限度内において、自賠責保険金の支払義務がある。

5  結論

よつて、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づき、原告が支払つた前記損害賠償金のうち、傷害分の損害である治療費、看護料、入院雑費、休業損害、入通院慰藉料の合計二〇〇万五九〇九円のうち傷害保険金額一二〇万円と後遺障害分の損害である逸失利益、後遺障害慰藉料、将来の看護料、弁護士費用の合計一〇六九万一六〇三円との合計額である一一八九万一六〇三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は不知。

2  同2(保険契約の締結)の事実は認める。

3  同3(原告の損害賠償金の支払)の事実は不知。

4  同4(被告の保険金支払義務)のうち、事実関係は不知、被告の保険金支払義務は争う。

自賠法第三条による運行供用者責任の成立要件である「運行」については、同法第二条第二項に定義されているが、右規定にいう「当該装置」の意義については、判例は概ね固有装置説を採用しており、当該自動車の固有装置の全部又は一部をその目的に従つて操作すれば、運行に当たると解されている。

そして、運行概念を弾力的、有機的に意義付けようとする裁判例をみても、自動車の動静は問わないが自動車自体が事故原因となつたものか、自動車の構造や装置が予定する機能の作動中これに起因するものか、自動車の構造装置と直接密着した原因による場合に運行を認めていると判断される。

しかして、本件の場合、事故の原因となつたタイヤは、唐下が自己の作業の危険防止のため路上に置いていたものであり、自動車の固有装置としてのタイヤとは全く関係なく、その他の物品と同様に一個の物体として路上に置かれていたものであるから、本件におけるタイヤは運行概念の中で捉えることはできないものである。

また、車体に付属しないタイヤを路上に置くことは、自動車の構造上設置されている装置をその目的に従つて操作し又は使用するものではなく、右行為は運行にとつて必然性も合理性もない。このような自動車の運行と直接関連しない物体にまで運行概念を拡張することは許されない。

そして、原告主張の姫路支部の判決も、原告らに自賠法第三条の規定に基づく運行供用者責任を認めたものではなく、民法第七〇九条及び同法第七一五条の規定に基づく責任を認めたにすぎないものである。

このように、本件事故は、加害車両の運行によつて発生したものではないから、被告には、自賠責保険金の支払義務はない。

5  同5(結論)の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  成立に争いのない甲第一、第二、第一〇号証、原本の存在と成立に争いのない甲第五号証の一、二、第六号証の一、二、第七、第八号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因1(事故の発生)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

また、請求原因2(保険契約の締結)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件においては、被告の保険金支払義務の存否、なかんずく本件事故が加害車両の「運行によつて」発生したものか否かが争点となつているので、以下この点について判断する。

1  前掲甲第一、第二号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場の道路は、神戸方面(東方)から姫路市内方面(西方)に通じる国道二号線であり、中央線によつて上下二車線に区分され、片側車線の幅員はそれぞれ約三・五メートルであり、西行車線の左側には横田石油御着給油所前に幅員約三・一メートルの路側帯があり、東行車線の左側には幅員約一・五メートルの路側帯がある。

(二)  本件事故現場の道路は、アスフアルトによつて舗装された平坦な道路で、事故現場付近は直線で見通しは良好であり、最高速度毎時四〇キロメートル、駐車禁止の各規制がなされ、本件事故当時は路面は乾燥していた。

(三)  唐下は、加害車両を運転して、事故現場の西行車線を進行中、右前輪のタイヤがパンクしたため、加害車両を右の給油所前の幅員約三・一メートルの路側帯内に駐車させて、パンクしたタイヤを交換するに当たり、後方から進行してくる車両から衝突されることを防ぐため、スペアタイヤを加害車両の右後方約一メートルの路側帯と車道との境界線上に置き、次いで、パンクした右前輪のタイヤを取り外して、これをスペアタイヤを置いていた位置に置いたうえ、スペアタイヤを取りつけている際、後方から進行してきた被害車両が、右の位置に置いてあつたタイヤに衝突して道路中央側に転倒した。

(四)  加害車両は、長さ一〇・九〇メートル、幅二・四九メートル、高さ三・二五メートルの大型貨物自動車で、被害車両は、前示の置いてあつたタイヤに衝突したのみで加害車両には衝突しなかつたため、加害車両には損傷はなかつた。

2  ところで、自賠法第三条にいう「運行」については、同法第二条第二項により「人又は物を運送するとしないとにかかわらず、自動車を当該装置の用い方に従い用いること」と規定されているところであるが、その意義については、自動車の固有の装置が使用されている場合のほか、自動車が駐車又は停車している場合であつても、駐車又は停車の目的、状況、走行との関連性、交通上の危険性の有無、程度等の事情によつては、当該自動車の「運行」を肯定する余地があるものと解するのが相当であるところ、本件における加害車両は、左程の時間を要しないパンク修理のため、路側帯上に駐車して、タイヤ交換中であつたのであるから、本件事故当時、加害車両は「運行」の用に供されていたものと認めるのが相当である。

3  しかしながら、タイヤは車両に取りつけられている状態においては、車両の構造部分あるいは固有の装置に当たるものの、一旦取り外されたのちは、単なる物品とみるほかはないものであつて、これを、車両から取り外された状態のまま車両の構造部分あるいは固有の装置ということはできないものというべきところ、前記認定の事実によれば、被害車両は、取り外されて加害車両の後部付近に置かれていたタイヤに衝突し、加害車両には衝突しないまま道路の中央側に転倒したというのであるから、本件事故は、車両とは切り離された、車両の構造部分でも固有装置でもない単なる物品たるタイヤが路上に置かれていたことによる危険性の発現によつて発生した事故であつて、駐車中の加害車両自体の危険性の発現によつて発生した事故には当たらないものといわざるをえない。

したがつて、本件事故は、加害車両の「運行によつて」発生したものということはできないものというべきである。

4  そうすると、本件事故については、原告は、民法第七〇九条、第七一五条の規定に基づく不法行為責任を負うことがあるのは別として、自賠法第三条の規定に基づく運行供用者責任を負うものではないから、運行供用者責任を前提とする原告の被告に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

三  以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林和明)

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